「幕が上がる」平田 オリザ

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店主からのひとこと

高校演劇の大会に青春をかける女子高生の姿を描いた小説です。青春小説として、群を抜いて面白い作品。加えて、店主は高校演劇経験者ですので、自分の高校時代を描かれたかのような、そんな作品でした。

小説を書いたのは、劇作家で劇団青年団を率いている、平田オリザさん。元は、ももいろクローバー、いわゆる「ももクロ」の出演する映画の脚本として書かれましたが、その後小説家され舞台化もされた作品です。

作品中、高校生たちは「銀河鉄道の夜」を題材にした劇を演じるのですが、これが、小説の中に断片的にしか出てこないのにも関わらず、感じ入るものがあります。

ももクロのこの映画も、アイドル映画とは思えないほど、リアルで、しかも面白い。この「幕が上がる」という作品は、演劇ファン・高校演劇ファンにとっては、とてつもない作品です。また、元々ももクロのファンだった方が、この映画をきっかけに演劇ファンになった・・・という方を私は何人か知っています。加えて、有名になる直前の黒木華や、まだ無名だったころの伊藤沙莉などが出演していて、この作品が出世作となった人が多くいます。それ位影響の大きい作品でした。

映画も、舞台化されたものの映像も、ぜひ見てください。

名文・名言・名ゼリフ

「大会まであと一週間です。体調管理をしっかりしてください。稽古はいままで通り続けるけど、精度を高めていく方向になります。でも保守的にならないように、もっとよくなると信じて、それからもっとよくなるように祈って。祈るんだよ、願ってるだけじゃダメ」
 祈ることと願うことはどう違うんだろう。普通ならこういう時に、それを素直に質問するのはわび助かガルルの役目だ。でも今日は二人とも神妙な顔をして黙っている。
きっといま私たちは、「祈ること」と「願うこと」の違いを考えること自体自体を要求されている。二人も、みんなも、そのことが分かっているから、誰も何も聞かない。 咳一つしない。


「あ」と声を出したのは、大切なことに気がついたからだ。
 自分で構成し、自分で大部分の台詞を書いて、そして自分で演出をしてさを理由に、行きやすいいまの学校を選んだ自分が嫌いだった。
 演劇は、そんな私が、やっと見つけた宝物だった。
 でも、その宝物を大事にしない演劇部の先輩たちに苛立っていた。
 いや、その苛立ちが、自分の身体のどこに巣くっているのかさえ気がつけない自分のことを嫌っていた。
 それでも私は、吉岡先生に出会い、中西さんに出会い、ううん、もっとその前から、ユッコやガルルや、そしてわび助に出会っていた。溝口先生も滝田先生も、お母さんやお父さんやおばあちゃんも、それからこの一年の間に観たたくさんのお芝居や詩や本たちも。


「早く終わって」と思った地区大会の時と違って、あぁ、もうこの時間が、ずっと続けばいいのにと私は思った。
 この舞台には「等身大の高校生」は一人も登場しない。たぶん、そんな人は、どこにもいないから。現実の世界にも、きっと、いや絶対、いないから。
 進路の悩みや、家族のこと、いじめの話も一つも出てこない。
 こっちはもちろん、現実世界にはあることだけど、やっぱり私たちの、少なくとも、いまの私の現実ではない。

(中略)

私たちは、舞台の上でなら、どこまででも行ける。どこまででも行ける切符をもっている。私たちの頭の中は、銀河と同じ大きさだ。
 でも、私たちは、それでもやっぱり、宇宙の端にはたどり着けない。私たちは、どこまでも、どこまでも行けるけど、宇宙の端にはたどり着けない。
 どこまでも行けるから、だから私たちは不安なんだ。その不安だけが現実だ。誰か、他人が作ったちっぽけな「現実」なんて、私たちの現実じゃない。
 私たちの創った、この舞台こそが、高校生の現実だ。


幕が下りた瞬間、いままで自分が聞いたこともないような拍手の音がした。厚みのある、そして柔らかい音だった。
 反対側の上手の袖で、ガルルが拳を突き上げているのが見える。
 中西さんが、積み重ねたキューブを駆け下り、ユッコと握手をした。そして二人が抱き合う。
 拍手が止まない。
 …………
 拍手が止まない。
 …………
 拍手が、前より大きくなっていく。
 横を見ると、わび助が大粒の涙を流していた。私は、拍手の鳴り止まない中、ヘッドホンを外し、「舞台、撤収」
 と言って、袖を飛び出した。

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書籍情報

出版社 ‏ : ‎ 講談社 (2014/12/12)
発売日 ‏ : ‎ 2014/12/12
言語 ‏ : ‎ 日本語
文庫 ‏ : ‎ 368ページ
ISBN-10 ‏ : ‎ 4062930013
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4062930017

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